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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1690号 判決

控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 樋口源之輔

被控訴人 乙山春子

右法定代理人親権者母 乙山秋子

右訴訟代理人弁護士 伊藤克方

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。(ただし、原判決六枚目表二行目に「偽言をろうとしたものとしか考えられない。」とあるのを「偽言をろうしたものとしか考えられない。」と訂正する。)

≪証拠関係省略≫

理由

一、≪証拠省略≫によれば、乙山秋子(以下単に秋子という)が、昭和四六年一月一三日姙娠月数一〇月で被控訴人を分娩したこと、出生当時被控訴人は自然分娩の体重三、四二〇グラム、身長五〇・五センチメートル、胸囲三三・八センチメートル、頭囲三四・五センチメートルの成熟児であったことが認められ、これに反する証拠はない。

二、≪証拠省略≫を総合すると

(一)  被控訴人の母秋子(昭和二五年一一月一〇日生)と控訴人(昭和二四年三月一八日生)は、ともに昭和四四年四月○○○○短期大学経営学科に入学し、同クラスの学生として親しく交際していたこと

(二)  控訴人は学校生活を通じて覗われる秋子の明朗な性格に好意を抱くようになり、昭和四五年二月八日ころ、同女を横浜市内にドライブに誘い出し、その際自己の意思を伝えるとともに、大学卒業後に結婚したい旨を申込み、秋子もこれを承諾し、将来を誓い合ったこと

(三)  その後同月二〇日ころ、控訴人が再び秋子をドライブに誘った際、秋子が○○大学の学生である訴外Aと過ちを犯した旨を告白するに及び控訴人は内心憤懣やる方ない思いを抱いたが、その場は「過ちは許すから」などととりなして別れ、大学が春休みに入るにともない互いに顔を合わせる機会もなく過ごしていたが、同年四月の新学期とともに再び交際をはじめ、同年四月二五日学校の帰途誘い合わせて東京都新宿区内で映画を見た後、同区歌舞伎町所在の旅館「しののめ荘」に入り、同旅館の客室で控訴人が秋子に情交を求め、その場で一回完全な性交が遂げられ、その際秋子に出血があったこと

(四)  控訴人と秋子との間にはその後は性的交渉がなかったこと

以上の各事実を認めることができる。≪証拠判断省略≫

してみれば、秋子と控訴人との間に昭和四五年四月二五日に性的交渉のあったことは明らかである。(もっとも、その際の秋子の出血の原因は明らかでない。)

三、≪証拠省略≫を総合すると

(一)  秋子の被控訴人分娩前の最終月経は、昭和四五年三月三〇日ころ始まり、遅くとも同年四月八日ころには終了したものであり、月経周期はやや不順で三〇日から四〇日に一回であったこと

(二)  秋子は、同年七月三〇日産婦人科医師の訴外長橋千代に診察を受け、子宮の大きさは握り拳二個分位で受胎四か月、出産予定日昭和四六年一月六日と、昭和四五年九月一八日産婦人科医訴外清水昭に診察を受け、同日現在姙娠七か月、出産予定日を昭和四六年一月四日と、それぞれ診断されたこと

(三)  被控訴人と控訴人との間の認知請求調停事件につき、東京家庭裁判所が日本大学医学部法医学教室教授上野佐に委嘱した鑑定の結果によれば、秋子の最終月経を基準として考えられる同女の受胎可能時期は昭和四五年四月上旬から同月下旬まで、また被控訴人が成熟児として出生した時日から考えられる受胎可能時期は同年四月中旬から同月下旬まで、とそれぞれ鑑定されたこと

以上の各事実を認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。

そうしてみると、秋子が被控訴人を受胎した時期は、昭和四五年四月上旬から同月下旬までの間と認めるのが相当である。

四、ところで控訴人は、秋子がその受胎可能時期である昭和四五年四月二五日前後を通じて他の男性と情交関係を有していた旨主張し、≪証拠省略≫中には、秋子が学友である訴外Bと肉体関係があったとの証言ならびに供述があるが、右証言は、訴外Cが同人宅に下宿していたことのある右Bから、「Bが秋子と肉体関係をもったことがある」と聞かされたことがあるというだけであって、その日時、場所、状況等は勿論のこと、このことを聞いたという時期すらあいまいであり、控訴本人の供述は、さらにそのことを右Cから伝え聞いたというに過ぎず、いずれも明確性を欠き、これらの証言および供述のみをもって直ちに秋子が前示受胎可能時期に右Bと情交関係があったことを疑わしめる証拠とはなし難い。

そして≪証拠省略≫によれば、秋子は昭和四四年一一月ころ都内板橋区の運送会社にアルバイトとして働らいた際、同様アルバイトをしていた訴外A(当時○○大学々生)と知り合い、喫茶店に同行するなどして交際するうち、翌四五年二月一一日同訴外人から自宅で一緒に勉強しようと誘われて同訴外人方に赴いた際、同訴外人から情交を求められてその場で一度性行為を行ったが、その後は同訴外人との交際を拒絶して会うことすらなかった事実を認めることができ、結局秋子が右訴外人と一度だけ性的関係を有したものということができるが、この時期は前認定の秋子の受胎可能時期以前であることが明らかであり、そのほかには秋子が受胎可能と考えられる期間中に他の男性と情交関係をもった事実を認めさせるに足りる資料はない。

してみると、秋子は控訴人との間の昭和四五年四月二五日の情交により被控訴人を受胎したものと推認するのが相当である。

五、そして≪証拠省略≫を総合すると

(一)  秋子は被控訴人を受胎し、前記長橋医師から姙娠四月と診断されたので、控訴人に連絡してその処置を相談したところ、昭和四五年八月一五日ころ控訴人から「おろすならおろせ、金は都合する。」などと暗に自己が父親であることを自認するような返事を受けたものの、時日の経過に伴い中絶が難しい状態になったため、同年九月一三日ころ母乙山冬子と共に控訴人方を訪ね、控訴人およびその母甲野月子らに対し、控訴人と結婚させてくれるようにと申入れたが、控訴人らはこれを拒み、日数が合わないから胎児は控訴人の子でないと主張し、親子関係確認のために名和医院、東京女子医大法医学教室等で血液検査を受けるように申出たので、それぞれの病院で検査を行ったが、いずれも被控訴人と控訴人との間の父子関係を否定するような結論は出ず、殊に東京女子医大の検査では控訴人が被控訴人の父親である確率八〇数パーセントとされたこと

(二)  前記上野佐教授の鑑定の際、被控訴人、控訴人および秋子について行った、血液によるABO式、MN式、Rh式、唾液による分泌型S式、血清によるハプトグロビン型およびGC型等の血液型検査、指紋、掌紋、耳垢、顔部など全身の検査による人類学的検査の結果からみて、控訴人は被控訴人の父親である必要条件をいくつか備えており、その父権肯定の確率は九三・九四パーセントでかなりの確からしさをもって被控訴人の父と確定できること

(三)  医師上野正吉が被控訴人、控訴人および秋子について行った、血球のもつ抗原を指標として検査される狭義の血液型のほか血清のもつ抗原ないし形質を指標として分類される血清型、血球に含まれる酵素の多型性を利用して分類される血球酵素型等広義の血液型に関するABO式等一八式の検査結果によると控訴人が被控訴人の父でないと否定する根拠をあげることは不可能で、その父権肯定確率は約九六パーセントの高い値を示し、耳垢型、PTC味覚型、皮膚紋理の検査結果では特に積極的に父子関係の存在を強く打ち出すものは見出せないが、顔貌諸特徴の検査によれば、有力な父子関係存在の支持根拠となると思われる共通特徴として耳垂の型態があり、耳垂の顔面への付着状況、耳垂前面のヨコの線状陥凹の存在では両者共通の特徴を示し、これは秋子に欠如するものであって極めて注目すべきものであり、被控訴人と控訴人との間に父子関係が存在するものと推認することが当然許容されるものであること

以上の各事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

六、そうすると、秋子は被控訴人を受胎した当時控訴人と情交関係があり、控訴人以外の男性と情交関係があったことは認められず、法医学的にも控訴人と被控訴人との間の父子関係の存在が否定されず、むしろその存在の確率が非常に高いものとされているのであるから、秋子がその受胎可能時期に控訴人と情交関係をもったのは一度でしかないが、なお被控訴人と控訴人との間には父子関係が存在するものと認めるのが相当である。

七、よって、被控訴人の本訴請求は理由があるから認容すべく、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 江尻美雄一 裁判官 滝田薫 桜井敏雄)

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